第五回 【前編】組織変革と人的資本:統合報告書分析の専門家が語る変革の鍵

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〜 就労困難者ゼロの未来へ 〜

Unipos株式会社 代表取締役社長CEO 田中 弦氏

VALT JAPANはNEXT HEROを通じて、日本発のインクルーシブな雇用を実現する社会インフラ作りに挑戦しています。その理想実現のため、様々なセクターの皆様と就労困難者ゼロの未来実現に向けて議論を積み重ねていきたく、対談を連載しております。今回は感情報酬の社会実装を目指すUnipos株式会社の田中さんにお越しいただきました。

ゲスト 田中 弦氏

Unipos株式会社 代表取締役社長CEO

ソフトバンク株式会社でキャリアをスタートし、ネットイヤーグループ創業に参画。その後、経営コンサルティング会社やネットエイジグループでの経験を経て、2005年にFringe81株式会社を創業。2013年にマネジメントバイアウトを実施し、2017年に東証マザーズに上場。同年、「発⾒⼤賞」制度をベースにUniposサービスを立ち上げ、2021年10月にはUnipos株式会社へと社名を変更し、代表取締役社長として感情報酬の社会実装に取り組んでいる。

インタビュアー 小野 貴也

VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO

目次

3,800社の統合報告書を読み解く

小野 貴也
(以下、小野)

昨年の話になりますが、田中さんが登壇された、決算企業の統合報告書を元に人的資本経営を語るウェビナーに参加させていただきました。とても濃厚な2時間で、あっという間でした。

田中 弦氏
(以下、田中)

ありがとうございます。私が人的資本経営に興味を持ってリサーチを始めたのは、2022年の11月頃です。
「これはもしかしたら法改正があり、企業コミュニケーションが大きく変わるタイミングにいるかもしれない」と感じています。多くの企業が競合他社の動向を見ていますが、それだけでは不十分です。たとえば10社しか見なければ、その業界全体が良いコミュニケーションをしていない場合、それが「普通」と錯覚してしまいます。そこで私たちは、より広範な研究を行い、最終的に100社を調査しました。その結果、数社が優れたコミュニケーションを行っていることに気付きました。そこで、ならば1,000社と思い至り、最終的には上場企業を全部やろう!と、現在は3,800社まで拡大しています(※社数は取材当時)。ウェビナーには予想外に多くの人が参加してくれていて、このテーマがいかに人々の関心を引くかに気付かされました。

小野

3,800社!すごい数ですね。
企業の統合報告書はどれも分厚く、どの部分をどう読み解けば良いかが分かりにくいですよね。しかし、田中さんのような専門家の知見を得ることで、報告書の読み方に対する新たな視点が開け、楽しく学ぶことができると感じました。

人的資本に関わる情報の多様化

田中

統合報告書や四半期の決算資料、有価証券報告書など、様々なコミュニケーション手段がありますが、これらは主に金融市場を意識して作られています。一方で、人的資本に関わる情報は、もっと多角的な読み手を持っています。具体的には、企業内部の従業員、これから入社を考えている人、そして金融市場の参加者です。この3つの異なる市場に対するコミュニケーションの必要性があり、それぞれの市場から得られるリターンも異なります。人的資本に関しては、この3つの市場に対する工夫が必要で、そこには大きなバリエーションと可能性があると率直に思います。

小野

金融市場だけではなく、様々なステークホルダーに関連してくるようなところが、人的資本のこれまでにない側面ですね。田中さんが創業したUniposでは、「感情報酬」という新しい産業ソリューションを世に出されています。Uniposさんについて簡単にご紹介いただけますか。

Uniposとは:感情報酬と企業文化の形成

田中

Uniposでは、従業員がお互いに感謝や称賛を送り合うことで、企業文化の構築をサポートします。例えば、部下を褒めるなどの行為が周囲に見える形で行われることで、その人の活躍が認知される仕組みです。チャットでのやり取りでは、その瞬間は盛り上がりますが、すぐに忘れ去られがちですよね。重要なのは、例えば製造と販売、両部門は衝突しがちなイメージがあると思いますが、販売部門のドラマや活躍を製造部門も知ることで、全体のモチベーションを高めることができます。そこでUniposでは、従業員の活動をデータベース化して誰が何をしているかを明確にし、それぞれの行動に対して従業員同士が少額のボーナスとメッセージを送り合います。それによって会社内でのコミュニケーションと認識が向上し、先程の製造と販売部門のような互いに誤解を持ちがちな関係も、互いの努力や成果を知ることで改善されます。簡単なことですが、現実は社内での共有が足りないことが多い部分でもあります。その問題を解決するのがUniposです。

小野

Uniposのようなシステムは、これまで見過ごされがちだった個人の貢献を見える化し、個々の資本を組織全体の成長につなげる革新的なアプローチだと感じました。

田中

日本の多くの企業では、特定の職種や部門の人々が評価されにくい傾向にあります。例えば、製造業ですとブルーカラーの方たちはあまりいいフィードバックをもらっていないことが多いですし、IT企業だとエンジニアや営業の人たちの活躍は見えやすいですが、絶対にミスが許されない経理部門の人などは取り残されている印象を受けます。
これを改善し、全員の貢献を正当に評価することが組織全体の成長につながるのではないか、と思い始めました。

小野

世の中の労働市場は、基本的に説明能力がある程度高い方々が昇進しやすい印象があります。

田中

そうなんです。以前ある調査結果で「どんな人材を採用したいですか?」という質問への回答で圧倒的に多かったのが、「コミュニケーション能力の高い人」でした。しかしコミュニケーション能力が高い人だけで構成される企業は現実的ではありません。取り残されたように感じ、なぜこの会社にいるんだろうと、帰属意識を失ってしまう人も出てくると思います。多様なスキルを持つ人々がいるからこそ、組織は豊かになりますし、それぞれの人が自己実現できる環境を作ることが、組織の生産性向上につながります。

日本は「人に投資しない、学ばない」ランキング一位!?

小野

また驚いたのは、日本は「人に投資しない、学ばないランキング」で先進国の中で1位というお話でした。

田中

経済産業省の調査での調査でそのような結果が出ています。
【PDF】未来人材ビジョン/令和4年5月(経済産業省)

この結果から見えるのは、日本人は、個人を見ると勉強熱心ではありますが、多くの会社が個々のスキルアップへの投資を行っていないという現状です。例えば、知り合いの外資系企業の幹部と話すと、みんな週末も勉強してるんです。日本では、部署内での専門性を追求することが重視される一方で、多様なスキルを身につけることへの重視が足りないと感じます。これまでは、個別最適に特化していった方が出世できたんですよね。でも時代が変わってきていることを考えると、多様な能力を持つ人々が能力を発揮したり、新しいことに挑戦しやすい環境をもっと作るべきだと思いますね。

小野

我々が身を置いている障がい者や就労困難者の就労支援の現場でも、似た構造があります。働く能力も意志もある障がい者は生産年齢人口で約400数十万人いますが、そのうち企業に就職できる人はわずか60万人です。その他の方々は、働く意欲があってスキルアップをしたいのに、既存の福祉サービスや支援サービスの利用の範囲では、学べることが限定的になってしまいます。日本の福祉は、セーフティーネット機能でいうと世界で見てもトップクラスだと思うのですが、一方でジャンプアップしたいと思った時に、その階段を民間側で用意できるケースがまだ少ないです。

田中

障がい者の雇用について、海外と比べるとどうなのでしょう。

小野

人口が違うので、絶対数は日本の方が多いケースもありますが、フランスやドイツは雇用率でいうと日本の倍ぐらいです。また、そのうちの3分の1は雇用という関係だけでなく、いわゆる受発注、ビジネスパートナーとして業務委託的な関係もあります。これは国も推奨しています。
日本でも、障がい者に対する法定雇用率という制度がありますよね。人的資本対策の項目として大きくなっていますが、フランスやドイツだと雇用率だけではなく、地域社会でそういった方々と一緒にどれぐらい仕事をしているかという連携も国が評価できるシステムがあります。

雇用率を超える:多様な労働形態の可能性

田中

日本は、どうすれば根本的に変わるのでしょうか。

小野

私の個人的な考えですが、障がい者が企業で働くきっかけとして、法定雇用率、つまり「雇用」という絶対的な法律が一本あるがゆえに、これを達成しさえすれば企業側は障がい者とインクルーシブに仕事をしていると変換されてしまう。そこがある種の壁になっている、そんな気がしています。

田中

雇用率ということは、正社員、またはある程度無期の雇用をしているかどうかという話なので、フリーランスの方などはそのパーセンテージに入らないですよね。

小野

そうですね。私は人的資本にまつわる様々な指標において、いわゆる質的な要素を含めたKGI、KPIの設定が生まれてくることを望んでいます。今は雇用率を達成している点のみが評価されますが、例えば障害者雇用部署のようなものがあったとして、そこに障がい者が全員集められ、そこで先ほどのように、各部署が何をやっているのかわからないのではなく、インクルーシブに見える化したり、物理的に分かれていたとしてもソフトでお互いが何をやっているのかわかったり、お互いが交わる機会がもっとできるといいと思います。そして、その成果を何か指標に落とし込めるとさらにいいですよね。

対談の後編では、

  • 就労困難者が活躍できる新しい産業モデルを作りたい
  • 企業側が決める適材適所の限界
  • 課題を特定したいなら、まずは土台を再構築せよ
  • 人気企業であれば人手不足は関係ない。は間違い

について語ります。


当対談は音声でもお楽しみいただけます。下記のSpotifyよりご視聴ください。